こんにちは、メイです。長崎の街並みには、歴史の詰まった洋館が混在しています。外国人居留地だった頃の面影を残し、今も大切にされているので、観光スポットとしても有名な場所がいくつもあります。
今回は安政の開国により外国人居留地となった、東山手にある「東山手十二番館」と「東山手甲十三番館」の歴史と、現在どのような見所があるのかをご紹介します。
領事館の名残がある東山手十二番館の歴史!
画像引用:あっ!とながさき
十二番館は明治元年に建てられたと考えられ、東山手地区では現存最も古い遺構です。
ここはロシア領事館・アメリカ領事館、宣教師の住宅として利用されてきました。昭和16年に活水女学院に譲渡されましたが、明治51年に長崎市へと建物が寄贈され、今は国指定重要文化財となっています。
主屋には幅広い廊下と3つの大きな部屋が確認でき、廊下を挟んで配置されている部屋、平面構成であるということから領事館建築の特徴を感じさせます。
東山手十二番館には何があるの?
居留地時代、東山手には数多くのミッションスクール(私学)がありました。
現在の十二番館は、ミッションスクールの歴史を学べる展示がされていて、旧居留地私学歴史資料館になっています。
明治期の東山手はミッションスクールの多さから、「学園の丘」と呼ばれていたのです。※キリスト教の布教をする目的で設立されたのが、ミッションスクール(私学)です。
全国にはたくさんのミッションスクールが点在していますが、その先駆けが長崎であること、そしてミッションスクールが建てられるまでのストーリーを知ることができますよ^^
十二番館の隣にある洋館もみどころの一つ!
写真はイメージです
東山手十二番館横には、同じく明治初期に建設された旧藤馬氏宅があります。
この洋館住宅はベランダがないのが特徴で、十二番館と同じ装飾部分があることから、十二番館の付属屋ではないかと考えられています。
さらに奥には、特徴的な半八角形と円形の窓を持った活水同窓開館事務所があります。
こちらは明治後期に建てられたもので、今は活水女学院の来客用宿泊施設なので立ち入ることは出来ません。外からしか見れませんが、趣のある建物で見応えがありますよ。
十二番館から徒歩1分!東山手甲十三番館とは?
画像引用:ながさき旅ネット
十三番館は明治中期に建設され、昭和初期から中期までフランス領事館として使われていました。活水女学院の寮となっていた時期もあるそうです。
現在は1階にギャラリーとカフェがあり、2階に古写真や調度品が展示されています。観光客が気軽に休憩できるスペースになっているので、ぜひ途中で立ち寄ってください。(東山手周辺の観光では、他にお店がほぼありません)
長崎の散策について、ここで相談したりできます。
レトロでとても雰囲気のいいスポットなので、結婚式の前撮りをここで行うカップルもいますよ♪
いかがでしたか?長崎観光で洋館巡りをするなら、ぜひこの2つからスタートしてみて下さいね!